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メディアって何だろう

9月12日(月)

 

 6時ごろ目が覚める。起きた瞬間から何となく気分が重い。目覚めた瞬間は何も考えていない。でもほんの数秒して、自分は何か悩み事を抱えていたのではないか?と心の中を点検する作業が始まってしまう。そしてざらりとした感触のその何かに触れたとき、一気に「現実」世界へ引き戻されるような気がする。こういう感覚は今までもあったけれど、良いものではない。

 10時半からクラス分けのテストを受ける。文法問題と作文、簡単な面接。文法問題は選択式で、先生が答えの部分だけ穴が開いている透明シートを私の解答用紙の上にかぶせて採点していく。後半になればなるほど難易度が上がるので、リズミカルにぺケの字が付いていく。日本で学んだ内容のことしか今はできなくて当然なので、あまり落ち込まないようにしようと思うけれど、私が考えていること―ロシア語を使ってロシア人にインタビューすること―の領域に、1年の内に果たしてたどり着けるのか考えると、気が遠くなる。別に日本にいるときからこの問題は一切変化していないわけで、つまり私は順調に行き詰っている。

 

 12時過ぎにテストは終了。いったん寮に戻って荷物を置いた後、寮から5分ほどのところにある、ギリシャ神殿のように巨大な大学図書館に向かう。中身も大理石を基調とした荘厳な雰囲気なのに、なぜかちゃちなロボットが通路に佇んでいたりして、よくわからない。自習スペースのような場所があるのなら利用したいと思いカウンターのおばさん二人に声をかけたが、まず自分の学部に行って利用カードを発行してもらうようにと言われる。情報を得られただけ前進だと思うことにする。

 

 ふたたびあの巨大スーパー、アシャンのフードコートに向う。コート内は若い人たちや休憩中の会社員と思しき人たちで賑わっている。バーガーキングマクドナルドなどのファーストフード店はもちろん、ハノイ料理、ブリヌイ専門店、ジャガイモ料理チェーンもあったが、少し迷ってレバノン料理店に。レバノン料理が実際はどのようなものなのか知らないけれど、基本的には中国料理だった。ギョーザ、ナスの炒め物、サーモンのチーズ焼き、サラダをたらふく食べて412ルーブル、650円くらい。店員のおじさんはにやにやしながら、「中国人と日本人の違いはわからないなあ」と話していた。

 

 いくら日本よりも物価が少し安いとはいえ、そろそろ外食は本当に飽きたので、冷蔵庫が欲しいと思い、寮に掲示板に張り出されている「冷蔵庫売ります」の広告に思い切って電話する。が、電波が悪いのかつながらず、ひとまず部屋に戻ろうと廊下を歩いていたそのとき、なんと一昨日買ったばかりのスマートフォンを落としてしまった。手がすべり機器が指の間を滑り抜けていく瞬間がスローモーションに見えた。床に墜落した電話は、画面の半分が壊れ、タッチ操作が困難な状態になっている。これくらいの衝撃でお陀仏とは、さすが500ルーブルスマホの裏に、目印代わりに貼っておいた「せんとくん」のシールが悲しく私に微笑んでいる。ばかみたいだが本当に落ち込み、部屋で少し泣いた。

 

 私の場合、落ち込めば落ち込むほど、人と自分を比べるという悪癖が暴走しだす。友達の嬉しいニュースも、素直に心から喜べなくなり、その子が何もかもうまくいっている、別世界の人間のように感じられてしまうのである。こういう心理状態になるたびに、高校時代の私の恩師は、「あなたはただ、自分がやりたいと思うこと、やるべきだと思うことをやり続ければいい。他人に見てもらうのは、その後でもいいから」と教えてくれた。

 自分がだめでどうしようもないと感じたときは、楽しくなるようなこと、心がうきうきしてしょうがないと思うようなことを書きだすのが一番である。買ったばかりのノートに私は「モスクワで行きたいところ」と記し、飛行機の機内誌で見つけた、現代アートに関する場所の名前を箇条書きにし始めた。民芸博物館も、ぜひ行ってみたい場所の一つに入れる。ガイドブックには載っていない、生き生きとしたロシアの文化について私は知りたいし、それをしっかり言葉や写真にして、発信するような実力―それは言うまでもなく語学力と、センスだと思う―をつけ、形にしたいと思っている。昨日訪れたデパートで見つけた、アイスクリームを手にしたペンギンのポスターをinstagramに上げたら、多くの人がリアクションしてくれて嬉しかった。行きたい場所のリストは、思いのほかたくさんできた。わくわくするような気持ちが勝っているときは、私は誰かと自分を比べるような思考回路に陥らずに済む。

 

 夜はカフェでサリャンカ(ソーセージ入りスープ)と、ターメリックが効いたピラフ、190ルーブル。カフェのwifiにつないで、『ほぼ日』の糸井重里さんと『SWITCH』の新井編集長の対談を読み、かなり刺激を受ける。今日の2人の話で頻出した人物名は、植草甚一だった。去年、植草甚一展を世田谷美術館に観に行ったけれど、その巨大なスケールの仕事量を前にして、咀嚼しきれなかった記憶が残っている。もう一度チェックして、著書も手に取りたい。そして改めて、糸井さんが80年代の時代を牽引してきたコピーライタ―だったとことに納得する。なぜ彼がさまざまなクリエイターから尊敬を集める人物になっているのか、ほぼ日がそういうメディアなのか、新井編集長の話を読んで少しわかるような気がした。

 その後、作家ウラジミール・ソロ―キンのインタビューを読み、全体主義の社会の中で、彼がいかなる集団にも属さず、やりたいと思う創作活動を続けてきたということに改めて感銘を受ける。「創作活動は経験に先立つ気がします。物語を生み出す人間と言うのは、自分の居場所に満足していないのでしょう」という言葉が印象に残る。彼の作品もぜひ読んでみたい。

 

 メディアとはいったい何なのか。これからの世界において、メディアに関わっていく生き方にはどのようなものがあるのだろうか。私はメディアとは、単なる報道機関のことだけではなくて、人びとの生の活動が共鳴し合うような場所、社会から人を取りこぼさないためのシェルターのような存在なのではないかと最近考えている。そのことは、日本で大学生をしている間に出会った、個人で小商いをする様々な大人たちから感じ取った気がしている。

 あれこれと可能性について思いめぐらせているうちに、心にかかっていた靄も、だんだんと晴れていった。自分の心が躍るような方向へ進むのなら、どんな努力でも苦ではない、そう体現できるような人になりたい。心惹かれるものに、ど正直に、貪欲に手を伸ばしたい。やりたくないな、嘘だな、と思ったら、それは新しい可能性が別のどこかで開いていることだと捉え直したい。こうやって書いたとしても、またすぐに忘れてしまうのだろうけれど。