Happy Unbirthday Songs

hokkaido→tokyo/tsukuba→moscow

感じの良い職場

9月20日(火)

 

 授業が本格的に始まり、なんとなく日々のペースが確立してきた今日この頃。宿題の量は多いけれど、まあ一つ一つ地道にこなしていくしかないんだろうなと思っている。

 

 今日は授業終了後、Nちゃんと一緒にロシアの銀行、сбербанкに再び行くことに。先週訪れたときは仮カードの発行だったので、今日は本カードを受け取りに来た。大学のそばから10分ほどメトロに乗って、一見、そのへんに普通にあるアパートのようにしか見えない建物の中に入って階段を上ると、あら不思議、ちゃんと銀行の支店があるのである。今日は銀行の中も混雑していて、みんな、自分の待ち番号がいつ呼ばれるのだろうかと待っていた。

 わたしたちの番号が呼ばれると、前回に来店したときに対応してくれた、若手の女性スタッフと男性スタッフ2人が笑顔で手を振ってくれた。男性スタッフの1人が、カードの保険の説明をしようとして、「ロシア語はできる?」と私に尋ねてくる。「少し」と答えると、彼は何とか英語で説明しようとしてくれるが、あまり英語が得意でないらしく、聞いていてもよくわからない。「ロシア語であなたの説明を聴いてみます」と伝えると、少しほっとした様子で、ゆーっくりゆっくり、説明してくれた。そしてやっぱり、よくわからなかった。。。

 銀行のスタッフたちは、その後の手続きの途中でも、私の電子辞書を手に取って"превет(やあ)"と入力してみたり、Nちゃんの500ルーブル(約800円)のスマホを見て「どこで買ったの?」と聞いてきたり、なんだかこちらがクスリとするようなツボを刺激してくる。

 彼ら若手スタッフだけでなく、ベテランの女性たちもまた、黙々と、でも時折チャーミングな笑顔を見せて仕事しており、お店全体に良い空気が流れている。お客との距離も近すぎず遠すぎず、日本のように変にペコペコしない。「ここは良い職場?」と先ほどの男性スタッフに尋ねると、笑顔ですぐに「うん」と返ってきた。

 

 そもそも、もし日本で、日本語をうまくしゃべれない外国人が銀行を訪れた場合、こんなスムーズに手続きが済むのだろうか?こんなにいろいろ、店員は話しかけてくるだろうか?

 私はロシアに来てから、あまり「外国人」として特別扱いされている気がしない。ロシア語が話せれば、その人はロシアに暮らす一員として認識されているように思う。

 帰り道にもおばちゃんに、「メトロはどこ?」と聞かれ(ロシア人はこの私にでさえ、よく道を尋ねてくる)、「こっち!」と大きな声で答えたのだった。

 

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ロシアでの「日常」

9月17日(土)

 

 今日は土曜日で大学は休み。午前中、ほぼ2週間ぶりに日本のニュースを詳しく読んでみて、気分が暗くなる。

 辺野古移設問題をめぐる国と県の間で起きた訴訟の判決は、完全に国の見解を踏襲するものに過ぎなかった。そして民進党の代表が蓮舫氏になっていることも私は知らなかったのだけれど、彼女の国籍問題をめぐって、あまりにもひどいバッシングが起こっていることに驚いた。

 国籍を変えた人、2つの国籍を持っている人、国籍が無い人は、世界中にたくさんいる。「日本人とは『純粋な』日本国籍を持つ人びとだ』みたいな幻想を必死で追い求めて、自分とは違う人びとを徹底的に排斥しようとする意見に接すると、この人たちはいったい人間の何を見ているんだろう、と暗澹とした気持ちになる。

 私が生きているのはこういう国なんだ、という事実を、この数年間、何度も自分に言い聞かせているような気がする。

 

   *    *    *

 

 気分が悪くなったので、お昼から外出。39番のトラムに乗って、巨大ショッピングモール「ガガーリンスキー」へ。数日前、買ったばかりのスマホを壊したので、今日こそは新しいものを手に入れに来たのだ。

 ロシアの大手携帯電話会社、MTCに行き、ショーウインドーをしばらく眺めていると、ガタイの良い中国系の店員さんが「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。

「高くなくて、電話ができて、あとwifiがあればネットも使えるスマホが欲しいです。SIMカードはもう持ってます」と言うと、ショーウィンドーの中から、二番目に安い中国製のスマホを触らせてくれた。「これにします」と伝えると、ケースや画面保護シートもつけてくれて、お値段5536ルーブル(約8636円)ほど。

 

 つたないロシア語ではあったけれど、1人でスマホを買えたことがうれしかった。しかし店を後にしてから、さっそくスマホの画面を開いてみると、「SIMカードが入っていません」という表示が出る。もともと私が持っていたSIMはさっき本体に挿入したのに、なんで・・・?と思い、再びMTCにバック。先ほどの中国系の店員さんは接客中で、今度は白系ロシア人のおじさんが登場した。顔がやや疲れていて、とっても煙草くさかったけれど、目が合ったその一瞬、「あ、この人なら頼れる!」という勘が働き、私は先ほどの疑問を投げかけてみることにした。

 おじさんが私のロシア語を何とか汲み取ってくれて、そして私に何度も何度も、ゆーっくりゆーっくり説明してくれた結果によると、どうやらこのスマホでインターネットも使えるようになるには第2のSIMカードが必要らしく、それが挿入されていないので先ほどのような表示が出るということだった。第2のSIMカードを買うかどうかは一旦保留にして、とりあえずおじさんにお礼を言って、私はすっきりして店を出た。ありがとうMTC。みんなだいすきMTC。

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 その後ロシアの格安服屋、KIABIでパジャマを購入(もちろん大人用コーナーに私が着れるサイズは無く、子供コーナーでお世話になった)。たったの350ルーブル(約550円)。土曜日の午後、店内は親子連れでごった返していた。

 巨大スーパー・アシャーンにも寄り、食料品を購入、会計後にベンチに座ってキャラメル味のアイスクリームを食べながら、ああやっと、「ロシア」が日常化してきたのかなあと、一息ついた気がした。隣に座っている親子も、私と同じくぺろぺろアイスをなめているし、前を通りがかった姉妹は風船の取り合いっこをして、お父さんに怒られている。彼らの姿をぼうっと眺めてから、アイスの棒をなめきって、私はガガーリンスキーを後にしてトラムに向かった。

 

 スマホ買って、服買って、スーパー寄って、ごはんつくって、食べている。わからないことがあってもなくても、とにかくロシア語を話したくて、いろんなロシア人に話しかけている。こういうのが日常ってことなのかしらん。

 

f:id:rikkabuko:20160918171757j:plain(上)今日のトラムでの1枚。まさしく「膝を突き合わせて」語らっている。

銀行に行く

9月15日(木)

 

 今日は2コマだけ授業があった。教室に入ってきた先生が、まるでエマ・ワトソンのような風貌で驚いた。少しあどけない感じで、笑顔がかわいらしい。

 授業内容は、自分の性格、趣味、専攻、好きな音楽、色、食べ物、スポーツ、家族について自己紹介をするというものだった。授業中はもちろん英語の使用はNGなので、私は自分の専攻の文化人類学について、いったい私の乏しいロシア語の語彙でどのように説明すればいいのか途方に暮れた。

「私たちは毎日、テレビを観たり新聞を読んだりしますが、それらのすべてを信じることはできません。わたしは直接人に会って話し、物事を違う面から見たいのです」

先生に言葉を補ってもらいながら、なんとか話すことができた。

 

 お昼ご飯は、韓国からの留学生、ジウンと、Nちゃんと私の3人で食堂に行こうとするも、長蛇の列であきらめる。やっとのことで購買に並ぶも、ここでも10分くらい待つ。食堂にしても購買にしても、レジが一つしかないのだ。私はチキンのブリヌイと、りんごジュースを購入。

 

 授業が終わった後、トランバーイ(トラム)に乗って、銀行にカードを作りに行く。留学生のモンくんによれば、ロシアでは最近法律が変わり、海外のクレジットカードがロシア国内で使いにくくなってしまったらしい。この先あれば何かと便利なので、彼に付き添ってもらい、ロシア最大の銀行、セールバンクで口座を開設することにしたのだ。パスポートを見せ、サインをし、銀行のアプリをダウンロードするだけで、ものの30分ほどで登録が終わってしまった。

 

 夜、洗濯物をしに1階へ行くと、日本から短期留学しに来た大学院生の男性に会う。理系の研究室で手伝いをしているらしく、研究室内では英語が使えるらしい。ロシア人の学生たちにいろんな場所に連れていってもらっているらしく、私もどんどん外に出なければだめだなと思った。

 

 

 

現代美術館гараж(GARAGE)

9月14日(水)

 

 昨日は初めての授業。ものすごい速さで進み、8人ほどのグループで、皆、アジアからの留学生だった。今日は丸一日、授業が無い。部屋にいてもなんだか気持ちが閉じてしまうので、Nちゃんと一緒にпарк горыкого(ゴーリキー公園)内にある、現代アート美術館、гаражに行くことに。

 

この美術館のことはアエロフロートの機内誌で偶然知った。ホームページにアクセスしてみると、企画展はもちろん、現代アートに関するライブラリーもあり、常に何かしらのイベントやワークショップが開催されているというので、「モスクワにもこんなところがあったのね!」とずっと楽しみにしていたのだ。

 ゴーリキー公園は、レッドラインのпарк кулытуры駅で降り、モスクワ川の上の大橋を渡ったところにある。道路を挟んだ向かい側には、ロシアの近代美術作品を所蔵するトレチャコフ美術館の新館がある。歩いていると、頬にあたる風がもう冷たい。まだ9月だというのに。

 公園の中をうろうろしていると、ローラースケーターや自転車、そして卓球の貸し出し所があった。貸し出し所の外壁は、細長いカラフルな木の板が組み合わされており、落ち着いた、でもポップな雰囲気である。

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 コスモスが咲き乱れる花壇を横目に見ながら、小道を進んでいくと、これまたカントリー風のこじゃれたカフェを発見。テイクアウトもできるらしく、若い女の子二人が列に並んでいる。カフェの看板には「立って食べよう」とのメッセージ。カフェの周りを覗いていると、若い店員の男性が、荷台を押しながら話しかけてきた。

「日本から来たの、この公園すごく気に入ったよ」と言うと、「東京かい?東京もモスクワのように眠らない街なのかな?僕はここで生まれて、この街が好きなんだ。今度カフェにも来て、とってもおいしいから」と笑顔で話してくれた。こちらがつたないロシア語で話しても、ちゃんと待ってくれる。私が理解できなければ、違う単語で言い換えてくれる。ロシア語ができない自分にこのところ苛立ち、落ち込んでいたけれど、少年のように屈託のないこの男性と話して、すっかり元気になった。

 

 男性と別れ、гаражへ。全体はシルバーでシンプルな見た目に見えるけれど、宇宙と交信できそうな雰囲気も醸し出していて、モスクワの灰色の曇り空を背景に、一層存在感を増していた。

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中に入ると、眼鏡をかけた若い女性が、今は展示はやっていないけれど、書籍コーナーやカフェは利用できます、と笑顔で教えてくれる。

 この書籍コーナーがすごすぎた。美術館が季刊で出している雑誌、その名も『GARAGE』を立ち読みしたのだが、写真もモデルもレイアウトも、なんだかすべてがぶっとんでいた。充実した内容で、日本から持ってきたロシア語の文法書より分厚いのに、700円くらいとお手頃価格。書籍コーナーはロシアや国際的な近代アーティストの作品集や、超かわいいバッチ(ソ連の宇宙バッジが最高だった!)も売っていて、ボルテージマックス、テンションはうなぎ登りに。

 GARAGEはまたの機会にして、ロシア語の勉強も兼ねて子ども向けのアートブックを購入。そして帝政時代の最後、1910年代のロシアで撮られた写真をカラー化した写真集を立ち読みして、鳥肌が立った。そこに人が確かにいた、という事実が、カラーになることでずっしりと重みを持つような気がした。写真も珍しかった時代だろうし、皆、笑いもつくらず、カメラの方をまっすぐな目で見つめていた。声を持たなかった人々の声、歴史の表舞台などからは遥か遠くにいた人々の眼差しが、いちばん私の胸に迫ってくる。

 館内のカフェで私はクレームブリュレ、Nちゃんはピスタチオチーズケーキを。スタッフの人たちも本当に感じが良くて、良い場所には良い空気が流れているんだなと思った。展示が始まったら絶対来る。何度でも通いたい、本当に楽しみな場所ができた。

 

 夜は大学構内で開かれた、international student clubに顔を出す。100人くらいの留学生とロシア人が集まってきていた。一番多いのは中国からの留学生だけど、意外とドイツ人も多い。それでもいちばん熱心に話を聞いてくれたのは、ロシア人の参加者だった。形式的ではなくて、ちゃんとこちらに興味を持ってくれている態度なのだ。何人かと連絡先を交換した。それにしてもみんな背が高くて、首が痛い。

 

本当に刺激的な一日で、落ち着かせるのに時間がかかった。どんどん自分から外に出ていくという気持ちは忘れないようにしたい。

 

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メディアって何だろう

9月12日(月)

 

 6時ごろ目が覚める。起きた瞬間から何となく気分が重い。目覚めた瞬間は何も考えていない。でもほんの数秒して、自分は何か悩み事を抱えていたのではないか?と心の中を点検する作業が始まってしまう。そしてざらりとした感触のその何かに触れたとき、一気に「現実」世界へ引き戻されるような気がする。こういう感覚は今までもあったけれど、良いものではない。

 10時半からクラス分けのテストを受ける。文法問題と作文、簡単な面接。文法問題は選択式で、先生が答えの部分だけ穴が開いている透明シートを私の解答用紙の上にかぶせて採点していく。後半になればなるほど難易度が上がるので、リズミカルにぺケの字が付いていく。日本で学んだ内容のことしか今はできなくて当然なので、あまり落ち込まないようにしようと思うけれど、私が考えていること―ロシア語を使ってロシア人にインタビューすること―の領域に、1年の内に果たしてたどり着けるのか考えると、気が遠くなる。別に日本にいるときからこの問題は一切変化していないわけで、つまり私は順調に行き詰っている。

 

 12時過ぎにテストは終了。いったん寮に戻って荷物を置いた後、寮から5分ほどのところにある、ギリシャ神殿のように巨大な大学図書館に向かう。中身も大理石を基調とした荘厳な雰囲気なのに、なぜかちゃちなロボットが通路に佇んでいたりして、よくわからない。自習スペースのような場所があるのなら利用したいと思いカウンターのおばさん二人に声をかけたが、まず自分の学部に行って利用カードを発行してもらうようにと言われる。情報を得られただけ前進だと思うことにする。

 

 ふたたびあの巨大スーパー、アシャンのフードコートに向う。コート内は若い人たちや休憩中の会社員と思しき人たちで賑わっている。バーガーキングマクドナルドなどのファーストフード店はもちろん、ハノイ料理、ブリヌイ専門店、ジャガイモ料理チェーンもあったが、少し迷ってレバノン料理店に。レバノン料理が実際はどのようなものなのか知らないけれど、基本的には中国料理だった。ギョーザ、ナスの炒め物、サーモンのチーズ焼き、サラダをたらふく食べて412ルーブル、650円くらい。店員のおじさんはにやにやしながら、「中国人と日本人の違いはわからないなあ」と話していた。

 

 いくら日本よりも物価が少し安いとはいえ、そろそろ外食は本当に飽きたので、冷蔵庫が欲しいと思い、寮に掲示板に張り出されている「冷蔵庫売ります」の広告に思い切って電話する。が、電波が悪いのかつながらず、ひとまず部屋に戻ろうと廊下を歩いていたそのとき、なんと一昨日買ったばかりのスマートフォンを落としてしまった。手がすべり機器が指の間を滑り抜けていく瞬間がスローモーションに見えた。床に墜落した電話は、画面の半分が壊れ、タッチ操作が困難な状態になっている。これくらいの衝撃でお陀仏とは、さすが500ルーブルスマホの裏に、目印代わりに貼っておいた「せんとくん」のシールが悲しく私に微笑んでいる。ばかみたいだが本当に落ち込み、部屋で少し泣いた。

 

 私の場合、落ち込めば落ち込むほど、人と自分を比べるという悪癖が暴走しだす。友達の嬉しいニュースも、素直に心から喜べなくなり、その子が何もかもうまくいっている、別世界の人間のように感じられてしまうのである。こういう心理状態になるたびに、高校時代の私の恩師は、「あなたはただ、自分がやりたいと思うこと、やるべきだと思うことをやり続ければいい。他人に見てもらうのは、その後でもいいから」と教えてくれた。

 自分がだめでどうしようもないと感じたときは、楽しくなるようなこと、心がうきうきしてしょうがないと思うようなことを書きだすのが一番である。買ったばかりのノートに私は「モスクワで行きたいところ」と記し、飛行機の機内誌で見つけた、現代アートに関する場所の名前を箇条書きにし始めた。民芸博物館も、ぜひ行ってみたい場所の一つに入れる。ガイドブックには載っていない、生き生きとしたロシアの文化について私は知りたいし、それをしっかり言葉や写真にして、発信するような実力―それは言うまでもなく語学力と、センスだと思う―をつけ、形にしたいと思っている。昨日訪れたデパートで見つけた、アイスクリームを手にしたペンギンのポスターをinstagramに上げたら、多くの人がリアクションしてくれて嬉しかった。行きたい場所のリストは、思いのほかたくさんできた。わくわくするような気持ちが勝っているときは、私は誰かと自分を比べるような思考回路に陥らずに済む。

 

 夜はカフェでサリャンカ(ソーセージ入りスープ)と、ターメリックが効いたピラフ、190ルーブル。カフェのwifiにつないで、『ほぼ日』の糸井重里さんと『SWITCH』の新井編集長の対談を読み、かなり刺激を受ける。今日の2人の話で頻出した人物名は、植草甚一だった。去年、植草甚一展を世田谷美術館に観に行ったけれど、その巨大なスケールの仕事量を前にして、咀嚼しきれなかった記憶が残っている。もう一度チェックして、著書も手に取りたい。そして改めて、糸井さんが80年代の時代を牽引してきたコピーライタ―だったとことに納得する。なぜ彼がさまざまなクリエイターから尊敬を集める人物になっているのか、ほぼ日がそういうメディアなのか、新井編集長の話を読んで少しわかるような気がした。

 その後、作家ウラジミール・ソロ―キンのインタビューを読み、全体主義の社会の中で、彼がいかなる集団にも属さず、やりたいと思う創作活動を続けてきたということに改めて感銘を受ける。「創作活動は経験に先立つ気がします。物語を生み出す人間と言うのは、自分の居場所に満足していないのでしょう」という言葉が印象に残る。彼の作品もぜひ読んでみたい。

 

 メディアとはいったい何なのか。これからの世界において、メディアに関わっていく生き方にはどのようなものがあるのだろうか。私はメディアとは、単なる報道機関のことだけではなくて、人びとの生の活動が共鳴し合うような場所、社会から人を取りこぼさないためのシェルターのような存在なのではないかと最近考えている。そのことは、日本で大学生をしている間に出会った、個人で小商いをする様々な大人たちから感じ取った気がしている。

 あれこれと可能性について思いめぐらせているうちに、心にかかっていた靄も、だんだんと晴れていった。自分の心が躍るような方向へ進むのなら、どんな努力でも苦ではない、そう体現できるような人になりたい。心惹かれるものに、ど正直に、貪欲に手を伸ばしたい。やりたくないな、嘘だな、と思ったら、それは新しい可能性が別のどこかで開いていることだと捉え直したい。こうやって書いたとしても、またすぐに忘れてしまうのだろうけれど。

 

869歳の誕生日

9月11日(日)

 

 朝11時に寮を出て、日本人留学生4人で赤の広場観光。今日はモスクワの誕生日のような日で、警備は数日前に来た時より厳重になっていた。帽子を被り、長いコートを羽織った警官たちは、皆同じような顔に見えてしまう。いつも5~6人で連れ立ってだるそうに歩いていて、仕事にやりがいを感じているようにはあまり見えない。それにしても、どんな店や通りに入るときも、カバンの中のものを見せなければいけないのは面倒くさい。

 先日来た際に見かけた、international military musical festivalに日本が参加してるのは何のこっちゃと思っていたけれど、留学生仲間のモンくんによれば、他の国は軍隊の音楽が演奏されるらしいのだけれど、日本だけは盆踊りを披露するらしい。赤の広場と盆踊り。モスクワの秋空に謎は深まる。

 

 赤の広場の高級デパート、グムに入る。屋根はアーケード状、吹き抜けになっており、噴水の広場もある。全体的にクラシカルな雰囲気だが、通路の真ん中のマネキンが日本製のランドセルを背負っているのには笑ってしまった。家族連れやおばあさんたちでにぎわっている。「食堂・No57」というお店に入る。私はマカロニトマトソース、ハンバーグ、野菜スープ、付け合わせにナスの小皿。これで600円ほど。壁のところどころに掛けられた、ポップなポスターがかわいらしい。ペンギンがアイスクリームを持っているポスターを写真に撮る。ちらっと通り過ぎた本屋のショーケースにも、目を引くようなデザインブックがあるのを見つけた。やっぱり私はどんな場所に行っても、気に入ったデザインを見つけると気分が高揚して、できるだけ近づきたい、手に入れたいと思う。

 外に出ると、路上では特設ステージが組まれ、一昔前くらいの時代の音楽をバックに女性ダンサーたちが踊ったり、バンドが大音量で演奏したりしていた。行き交う人は多いものの、ステージの音楽に熱狂しているわけでもなさそうで、拍手はまばらだった。ロシアでは、シンガーソングライターなどという職業はあるのだろうか。もうすこし落ち着いた歌を聴きたい。

 また別の通りでは、舞台衣装を来た俳優たちが、男女に分かれて戦闘ごっこのようなパフォーマンスをしていた。

 

 赤線から乗り換え、キエフスカヤの巨大なショッピングモールへ。留学生の仲間が、大型の家電量販店で探しているものがあるというのでついていく。ユニクロソニーマンガ喫茶まで入っていることに驚く。フードコートで31のアイスクリーム。子どもが手放した風船が天井にまで行ってしまい、お母さんが椅子に乗って取り戻そうとしている。手を上げるのでセーターも上へ引っ張られ、立派なお肉が露わになっている。こちらの人は、ブラジャーの上に直接、上着を着るようで、キャミソールを着るということはあまり無さそうである。必死で風船に伸ばすお母さんの様子を、旦那さんは遠くから面白そうに携帯で撮影しているだけ。手伝ってやれよと突っ込みながら、チョコレート味のアイスクリームをなめていた。

 

 こういうショッピングモールに行くのは必要最低限でいいなと思う。私はもう少し、個人でやっているようなこぢんまりとしたお店が好きだ。その方がお店のたたずまいやこだわりが見えて、自由な気がする。蚤の市のようなものがあるならそこにも行ってみたい。私は、ただお金を出すのがあまり好きではない。出来る範囲では自分でつくったり、友達の力も借りたりしたい。お金を出すのなら、ちゃんとその品物の価値を知り、惚れ込んだものに出したいし、品物の良さを伝えてくれるような売り手の人と出会いたい。ショッピングモールのように、対話が生まれない場所はあまり好きではないなと思った。 

 寮に戻り、カフェでチキンサラダを食べる。勉強を少しして、22時に就寝。ロシアに来てから睡魔に襲われる日々が続く。

 

 

おもちゃのスマホと豚骨うどん

9月10日(土)

 

 11時に寮を出て、日本人留学生たちと共に、ウニヴェルシチエット駅近くのショッピングモール、アシャーンに向かう。家電量販店で、なんと1台500ルーブル(800円くらい)のロシア製スマートフォンを購入。手のひらサイズのおもちゃみたいな電話だが、電源をつけるとちゃんと動くし、画面にタッチして操作することができる。この家電量販店は別の場所へ移転するらしく、広い店内はがらんとしており、ラックにはドライヤー、珈琲メーカーのようなものが並べられ、割引セールが行われている。スマホの代金を支払おうとすると、レジのお姉ちゃんは、レシートの上に勢いよく受領のハンコを押し、不機嫌そうにこっちによこした。それでも特には気にならない。不機嫌そうだなーと思うだけである。

 

 その後、日本でいうところのauとかdocomoのような店に行き、SIMカードを300ルーブル(500円くらい)で手に入れる。これで毎月、2GBまで使えるようになるらしい。店員が赤いSIMカードの束をわたしたちに渡し、カードの右下に書いてあるから好きな電話番号を選べと言う。気に入った電話番号が書かれているカードを店員に渡すと、そのアレクセイという名の淡々とした感じのお兄さんは、パソコンに私のパソポート情報を打ち込み、電話が機能するかどうか確かめて、最後にSIMカードスマホの裏にセットしてくれた。ものの30分ほどで、しかも1000円にも満たない額で、ロシアでスマートフォンが使えるようになってしまった。日本の手続きよりもえらい簡素である。ロシアでは何かと手続きの際に電話番号が必要なので、これから役に立つだろう。大きな前進、うれしくなる。

 

 お昼は、同じショッピングモールの中にある丸亀製麺(!)へ。店内は明るい雰囲気でカフェのようにも見えるが、厨房からもくもくと湯気が上がっていることから、うどん屋だとわかる。店に入った途端、「ズドラーストブゥイチェ!」と何人もの店員が威勢の良い声で迎えてくれる。私が豚骨うどんを頼むと、中央アジアの出身だろうか、優しそうな表情の男性店員が、「と・ん・こ・つ・う・どん!!」と復唱し、笑顔でうどんを手渡してくれた。日本のようにかき揚げや天ぷらも充実しているし、鰻とサーモンの寿司ロールのようなオリジナルメニューもある。店員は全員がアジア系の顔立ち、客も中国人が目立つが、肌の白いロシア人客もちらほらいる。あるロシア人男性客は、おいおい大丈夫かと言うくらい、キッコーマンの醤油をうどんにドバドバとかけていた。

 

 店内にはカードキャプターさくらセーラームーンのテーマ曲などがかかっている。なんとも微妙な選曲だなあと思いつつうどんをすすったが、うどんそのものは、つるんとした食感でとてもおいしい。豚骨うどんは、豚骨ラーメンの麺がそのままうどんに変わったという感じの味。洋風の味に疲れたら、たまにはここにくるのも良いかもしれない。豚骨うどん、250ルーブル(約370円)也。

 うどんを食べながら、留学生の一人のモンくん(仮名)が、モスクワの地下鉄の裏話を始めた。彼はロシア語学科の学生で、すでにロシアに半年ほどいるため、ロシア語が堪能だ。先ほどのスマホの手続きは、モンくんなしには不可能で、何から何までロシアで生活する上で必要な情報を提供してくれる。

 モンくん曰く、私たちの最寄りのウニヴェルシチエット駅がある赤いライン(赤線という)が、モスクワで最初に出来たメトロの路線だった。そのときはウニヴェルシチエット駅が終点だったが、現在は延長されている。地下鉄のホームは、クレムリンに近い主要な駅ほど、地上から深いところに電車がある。これはシェルターの役割を果たしているらしい。

そして興味深いことに、モスクワには市民が使えない路線が存在していて、クレムリンの関係者のみが使用できるという。もはや都市伝説である。本当にそんな路線があるのか、自分でわざわざ線路の中を歩いて撮影、youtubeに投稿し、警察につかまった人もいるとか。Youtubeでロシアのメトロについて検索するとおもしろいよ、とモンくんは笑った。

 

 その後、昨日に引き続きアシャーンで買い物。レジでの支払い時、わたしが40コペイカ足らなかったのだが、510ルーブルだけでいいわよ、とおばちゃんは許してくれた。ロシアのスーパーでは閉店後、精算なんてするのだろうか。いや絶対していないと思う。

 

 部屋に戻りロシア語の勉強。夕方に洗濯機があるフロアに行き、たまっていた衣類を洗濯にかける。私は友達と二人で使って、一人50ルーブル。洗濯機の表示が実際の機能とずれていて、なぜかcolorというボタンを押すと冷たい水が出ることになっている。洗濯物の待合所では、ただ銃をバンバン打ち合うだけの、特に深みのなさそうな刑事ドラマが延々と流れている。

 

 カフェでカルボナーラボルシチ。どちらもおいしくてお腹いっぱい、これで460ルーブル(約650円)。今日は昨日のポンコツ姉ちゃんではなく、感じのいいひげ面の兄ちゃんが接客してくれた。彼の右手の薬指にきらりと光る指輪を見て、そういえばこっちの人は結婚指輪を右手にするのだなということに気が付く。

 夜9時半に再び外に出て、花火(サリュート)が打ちあがるというので雀が丘(バラビョールィ・ゴールィ)まで観に行く。たくさんのカップル、若者たち、家族連れが、楽しそうに集まってくる。花火はたった10分ほどで終わり、日本から来た私から見ればこじんまりしたものだったが、「ウラー!」という歓声がいたるところから湧いていた。

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 雀が丘からはモスクワの夜景が見渡せる。スキージャンプ台、モスクワ川、警視庁、ホワイトハウスソ連末期の保守派の拠点)、ウクライナホテル(ゴルバチョフ側の拠点)、モスクワシティと呼ばれる高層ビル群など。ホワイトハウスウクライナホテルは互いに敵の陣営だったのに、ものすごく近い距離にあることに驚く。東京の夜景に慣れているせいだろうか、まばゆいばかりの夜景、というのとは違った。東京の光を見ると、ああ、今夜もあそこで働いている人がいるのだなという気になるのだけれど、モスクワはどちらかといえば街灯の光がメインなので、もうすこし落ち着いた雰囲気なのである。

 今日も疲れ切って23時半に就寝。